序章 アリアハンの勇者!?

第1話 目覚め  ここはどこだ?  いつもと違う感じがするようだが。  まあいい、どうやらここでも狩りは楽しめそうだ。  …クックック。 ガバッ!  頭の中に響いた不気味な声に俺は跳ね起きた。 「きゃっ!」 ?!  声のする方を見るとそこには長い黒髪の女性が体をこわばらせていた。 「あ、あれ?千鶴さん…?」  その女性は俺の知っている人だった。  柏木千鶴。  柏木家の長女で俺の従姉に当たる人だ。 「…ふぅ。  おはようございます耕一さん」 「お、おはようございます」  そうか、夏休みで柏木家に遊びに来てたんだっけ。 「突然起き上がったりして、どうかなさったんですか?」 「ああ、ごめん、驚かせちゃった?」 「まだ心臓がどきどきしています」  そう言って苦笑いを浮かべる。 「実は変な夢、っていうか声を聞いたから」 「声…ですか?」 「なんでも狩りを楽しむとかなんとかって」 「それって欲求不満の現れなんじゃないですか?  私も気をつけないと」 「そんなぁ〜」  千鶴さんはくすくすと意地悪っぽく笑った。 「それより今日は初めてお城へ行く日でしょう?  寝坊しちゃダメですよ。」 「え、お城って?」 「アリアハンのお城に決まってるじゃないですか」  アリアハン……え〜っと…あ! 「そうだ!なんでそんな大事な事を忘れてたんだろう?」 「もう、叔父様と約束した大切な日だって言うのに…」 「じゃあすぐに支度しないと!」  俺は急いで布団から起き上がろうとした。 「きゃっ!!」 「ん?」  千鶴さんが声を挙げたかと思うとうつむいて視線をそらしている。  ハッ!朝といえば『あの状態』になる時間じゃないか! 「でえぇぇ〜〜ッ!」  慌てて布団で隠す。 「…ご、ごめんなさいっ!気がつかなくて。  私に構わず行ってらしてください」 「い、いや…千鶴さんがそこにいると布団から出にくいんだけど…」 「あっ…ご、ごめんなさい!」  千鶴さんは顔をますます赤く染めて足早に部屋を出ていった。
第2話 朝食  用を足し終えてスッキリして今に向かう途中、 まだ少し顔の赤い千鶴さんが待っていた。 「あ、あの…言い忘れてましたけど  朝食の準備が出来たから早く起こすように梓に言われてたんです…」 ドカドカドカ!! 「こらあぁぁ〜〜!!  千鶴姉!耕一起こすのにいつまでかかってんだ!!  あっ、耕一! 早く飯食ってくれなきゃ、後片付けができないだろ!」 「あ、わ、わりぃ」  梓というのは柏木家の次女で、  家事全般を任されているだけの事はあって料理の腕は確かで面倒見も良いのだが、  短気、単純、ひいては暴力的という性格が長所を上回ってマイナスになっている。  俺は梓が千鶴さんに文句を言っているのを聞きながら居間に向かった。 「おはよう、耕一お兄ちゃん」  俺の姿を認めるなりそう言って微笑む少女の姿があった。  末っ子の初音ちゃんだ。彼女の笑顔が場を和ませる。 「おはよう初音ちゃん」 「ちょっと待っててね、今お味噌汁あっためてるから」 「お、サンキュー」  続いて千鶴さんと梓も食卓に付く。 「はい、耕一お兄ちゃん」  初音ちゃんから味噌汁とご飯を受け取る。 「いただきまーす」  ひとまず味噌汁をすする。味はもちろん具もまずまず俺好みだった。  ふと見れば3人ともが俺の一挙一動を見守っていて非常に食べづらい。 「そういえば楓ちゃんは?」 「部屋に居んじゃない?」  三女の楓ちゃんは口数の少ない大人しい少女で、  こういった団欒の場にもあまり姿を現すことがない。  本来はもっと明るい子だったはずだが、  いつの間にかそんな風になってしまっている。 「やっと耕一お兄ちゃんがお城に行く日になったね」 「みんなこの日が来るのを楽しみにしてましたものね」 「へへっ、いよいよだな!」  示し合わせた様に3人が言った。 ズズ〜ッ、タン!! 「ふう、ごちそうさま」 「耕一お兄ちゃん、時間はまだ大丈夫なの?」 「うん、まだ少しあるから一息ついてからにするよ」 「それにしても、もうそんなに経つんですね…」 「親父に代わって冒険に出る…か。  俺も随分と思い切った事を約束しちゃったなあ」 「なんだよ耕一、まさか今更止めたいだなんて言うつもりじゃないだろうな?」 「ははっ、止められるもんならとっくにそうしてるさ。  だけど約束したのは親父だけじゃなくみんなともだからな」 「あら、叔父様だけだったら止めてたんですか?」 「う〜ん、そうかもしれないなあ」 「叔父ちゃん可哀想…」 「初音ちゃん。た、例えばの話だよ」 「まったく、この親不孝者は……」 「あら、もうこんな時間。  耕一さん、そろそろ出かけないと」 「本当だ、もう行かなきゃ(助かった…)」  軽く身だしなみを整えて三和土(たたき)ヘ出る。 「待ってよ耕一お兄ちゃん。わたしもお城まで見送りに行くから」  初音ちゃんと一緒に梓も出てきた。 「おまえ、後片付けは?」 「そんなのあとあと、あたしも見送るよ」  先に用意をしていた千鶴さんも一緒に4人で家を出ると、  門をくぐったところで楓ちゃんが待っていた。 「あの…私も行きます…」  結局俺は柏木家総出の見送りでお城へ向かう事になった。 『いってらっしゃ〜い』 「王様の前でドジ踏むんじゃねえぞー!」
第3話 帰宅 「ただいまー」 「おかえり、耕一お兄ちゃん」  帰ると真っ先に初音ちゃんが迎えに出て来た。 「お城はどうだった?」 「うん、まあ居間でみんなに話すよ」  とはいえ、俺がお城で王様から聞いたのは  親父が魔王討伐の旅の途中で火山に落ちて死んだらしい事ぐらいだった。 「と、いうわけで酒場で仲間を探さないといけないらしいんだ」 「なんだ、そういうことならあたしはついて行っても良いぜ?」 「あ、わたしも大丈夫だよ」 「私も行きます」 「私だって鶴来屋(宿屋)の事は足立さんに任せておいても大丈夫ですから…」 「千鶴姉は無理について来なくたっていいよ。  仮にも鶴来屋の会長なんだから耕一の事はあたし達に任せておけって」 「べっ、別に無理してなんか…!!」 「そうだよ梓お姉ちゃん。  千鶴お姉ちゃんだって耕一お兄ちゃんの役に立ちたいんだから」 「みんなの気持ちは嬉しいんだけど」 「なんだよ、何か文句でもあんのか?」 「実はな……」 『ええーっ!!』 「なんでみんなで行っちゃダメなの?」 「そうだよ、そんなの変だって!」 「仕方ないだろ、仲間は3人までって事になってるんだから」  そう、どういう訳かは知らないが、一緒に歩ける仲間は自分を含め4人。  つまりこの4姉妹全員を連れて行くわけにはいかないのだ。 「あたしの力は必要だろうし  楓の呪文と初音の回復魔法も要るだろうから千鶴姉が留守番だな」 「どうしてそうなるの!  そういうことなら道具を鑑定できる私の方が役に立つわ」 「戦うんだったらあたしの方が慣れてる!」 「二人共やめて!!」  一触即発の二人の間に初音ちゃんが割って入り大変な事になっている。  その光景を傍で見守っていた楓ちゃんが突然呟いた。 「…じゃんけん…」 『え?』 「じゃんけんで決めたら良いと思います」  楓ちゃんの提案に千鶴さんと梓も静まる。 「わかったよ、じゃんけんで勝負だ!それなら文句は無いだろ?!」 「望むところよ」  その後の話し合いの末、  ずっと留守番をしているのは不公平過ぎるということで  帰る度にじゃんけんをして留守番役を決めるという事になった。 「それじゃあみんな準備は良い?」 『じゃーんけーん!!』
第4話 出発 「う…ぐすん、ヒック…」 「ほら、千鶴さん、いい加減泣き止んで、  出来るだけ早く帰ってくるから」 「ほ、本当ですね?本当に早く帰って来てくださいね」 「ほら、耕一!さっさと行くよ!」  結局じゃんけんで負けて泣きじゃくる千鶴さんをなだめて家を後にした。 「まったく千鶴姉も往生際が悪いんだから!」 「しょうがないよ。折角耕一お兄ちゃんが遊びに来てたのに  一人だけ一緒にいられなくなっちゃったんだから」 「………」  俺はひとまず王様から受け取っていた簡単な装備をみんなに渡す。 「みんな、準備は出来た?」 「おう!」「うんっ」「はい」 「初めての冒険なんだから、無理は禁物だよ」  でも… 「千鶴さんにお土産くらい持って帰らないとなあ」
第1章へ進む Index