第4章 東奔西走

第26話 港で  綾香さんの手紙を受け取った俺達は、  船を貸してもらう為にロマリアの西、ポルトガへ向かっていた。 「これで船を貸していただけるんですね」 「うん、手紙もあるし大丈夫だろう」 「どんなお船かなぁ?」 「船旅、楽しみです」  しかしあの娘のお姉さんか、やっぱり美人なんだろうなぁ… 「……」  うっ、何やら楓ちゃんの視線が痛い。  鼻の下伸ばしてる場合じゃないか…… −ポルトガ−  ほどなく辿り着いた港町は思ったほど大きな町ではなく、  お城らしき建物もロマリアのお城より小さいくらいだった。 ドンッ 「はわっ、すっ、すみませぇ〜ん!」  大きな箱がぶつかって来て喋った…のではなく、  抱えきれないほどの荷物を持った小柄な女の子がぶつかって来た。  見ていてなんだか危なっかしい。 「いや、そっちこそ大丈夫?」 「私は大丈夫です、こう見えても丈夫ですから」  とてもそうは見えない。 「あっ、そうだ。  俺達来栖川芹香って人に会いたいんだけど知らない?」 「えっ?芹香さんのお知り合いの―」  と言って振り向こうとした女の子がバランスを崩した! 「あわっ!?あわわわ〜」 「うおっと!」  間一髪女の子を支える。 「だめ〜っ、倒れるぅ〜!」  しかし女の子は目を閉じて手足をばたつかせていた。 「ねえ、もう大丈夫だよ」 「はわわ〜っ、もうだめ〜っ…あれ?」  初音ちゃんの声に気付いてようやく落ち付きを取り戻した様だ。 「やれやれ、大丈夫かい?」 「あ、ありがとうございます!」 「気にしなくていいよ。こっちが声かけたせいなんだし。  それで来栖川芹香さんの事を知っているの?」 「はい、申し遅れましたが  私は芹香さんにお仕えしているマルチと申します。  これからお屋敷に向かうところですからご案内しますね」 「そういう事なら…よっ、と」  女の子の荷物の半分ほどを持ち上げる。  うっ、結構重いなこりゃ…… 「運ぶの手伝うよ」 「そ、そんな、結構です〜  お客様に手伝っていただくわけには参りませ〜ん」  と荷物を持とうしたが残りの荷物でまだ手はふさがっている。 「気にしなくていいよ。  俺達はこれから芹香さんに頼み事をしに行くんだから  これくらい手伝わせてよ」 「頼み事ですか?」 ――― 「そうですか〜、綾香さんのご紹介で船を借りに。  それなら絶対大丈夫ですよ。船ならたくさんありますし、  芹香さんはとっても優しい方ですから」 「たくさんって…何隻くらいあるの?」 「そこに並んでいるのと、今出ているのがえ〜と……」 「ちょっと待って、そこに並んでいるのって…  もしかしてここにあるの全部!?」 「そうですよ。それ以外にも何隻かまだあります」  正確な数は覚えていないらしい。  と言うか…確かに一隻くらいは貸してもらえそうだ。 「ところでセリオさんはお元気でしたか?」 「え?…まあ、どこか悪い様子は無かったかな?」 「それは何よりです。  セリオさんは私の妹なんですよ〜」 『えっ、そうなの!?』  顔立ちは似ていないから姉妹には見えないし、  どちらかと言うとセリオの方がお姉さんっぽいので驚きも2倍だ。 「セリオさんは私なんかよりとっても優秀なんですよ〜」  妹をさん付けで呼ぶのが不思議だったが、  そう言ったマルチは何だか誇らしげだった。
第27話 お使い 「このお屋敷です〜」  マルチに案内されたのは町で一番大きな建物。  お城と言えなくもないくらい立派だが、無闇に派手じゃない。  しかしどことなく不気味な雰囲気がするのは気のせいだろうか……? 「あ、荷物はそこに置いておいて下さい、  後で係の人が取りに来るはずですから」 ドサッ 「ふぅ……」 「ありがとうございます〜」 「だからお礼はいいって。  それより早速芹香さんの所に案内してくれる?」 「はい!かしこまりました」  はきはきとした返事は聞いていて気持ちが良い。  この辺もセリオとは違うなぁ。  それにしても所々にある装飾品が…… 「ちょっと気味が悪いよう…」 「強い魔力が感じられます…」  初音ちゃんに続いて楓ちゃんも言葉を漏らした。 「あ、これですか?  実は芹香さんは魔法使いで、趣味でこういった物を集めているんですよ〜  このお屋敷も芹香さんが魔法の研究をする為に建てられたんです」 「じゃあここって別荘みたいなものなの?」 「そうですね。芹香さんも以前はイシスに住んでいましたし。  それから港や船もほとんどが芹香さんのものなんですよ」  イシスほどじゃないと思ってたけどとんでもなかったな…… 「あっ、あの部屋です。  芹香さ〜ん、お客様をお連れしました〜」  黒い三角帽に黒いマント。  いかにも魔法使いといったその格好は、  妹同様の長い黒髪と、妹とは正反対のおとなしい雰囲気で  神秘的な空気をまとっていた。 「・・・・・・」 「“ようこそいらっしゃいました。”だそうです」 『え?』 「あ、え〜と、俺達…」 「っかあ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」  俺が芹香さんに話しかけようとすると、  横にいた体格のいい爺さんが怒鳴りつけてきた。 「どこの馬の骨とも知れぬ輩が芹香お嬢様と口を利こうなど不届き千万!」 「あ、この方達は綾香さんのお知り合いだそうです〜」 「む、綾香様の…?もしかして柏木耕一か?」 「ええ、そうです」 「なるほど、お主等が綾香様の言っていた  魔王退治の旅をしているという連中か。」 「はい、それで綾香さんがお姉さんなら船を貸してくれるだろうって…」  と綾香さんから受け取った手紙を見せる。 「……なるほど。(魔法の鍵をあっさりと…やりおるな)  お嬢様、いかが致しましょうか?」 「・・・・・・(私は構いません)」 「しかし無償で貸し出すわけには……」 「・・・・・・・・・」 「…お嬢様がそうおっしゃるのであれば仕方ありませんな。  耕一とやら、お主等に船を貸すのに一つ条件がある」 「条件?」 「綾香様のいるイシスから東の山を越えた所にバハラタという町がある。  その町で黒胡椒を手に入れて来るのだ。  船はその礼として貸し出すとしよう」 「・・・・・・(これをお店の人に渡して下さい)」  芹香さんが一通の封筒を差し出す。 「バハラタへの行き方は綾香様が教えてくださるはずだ」 「・・・・・・(どうかお気をつけて)」 「…分かりました」  そしてマルチの見送りで屋敷の外へ。 「なあマルチ?」 「はい、なんでしょうか?」 「黒胡椒って普段はどうやって手に入れてるんだ?」 「え〜と、いつもは綾香さんにお使いに行ってもらってますね」 「だったら俺達に頼む必要も無いんじゃないのか?」 「あ、そう言われてみればそうですね。  どうして耕一さん達に頼んだんでしょう?」 「まあ頼まれた以上は行って来るよ。  じゃ、またな」 「それでは、行ってらっしゃいませ〜」  きっと船を貸す口実にわざわざ俺達に頼んだんだな。  あの爺さん分かってたみたいだけど、見かけに寄らず物分かりがいいみたいだ。  とにかく厚意はありがたく受け取るとするか。
第28話 きっかけ 「へえ、姉さんがそんな事を?」  ポルトガでの一件を聞いた綾香さんが何だかにやにやしながら答えた。 「そういうわけだから東の山を越える方法を教えて欲しいんだ」 「……わかったわ。  そういう事なら今から手紙を書くからお願いね」  そう言うと奥へと行ってしまった。 「綾香さん妙に嬉しそうだったけど…?」 「それには二通りの理由が考えられます」 「セ、セリオ?!」 「一つは綾香様が再び耕一様に会えた事への喜び」 ゴゴ…… 「もう一つは芹香様が耕一様に好意を持たれているらしい事への喜びです」 ゴゴゴゴゴ…… 「もちろんどちらも推測の域を越えませんが」 「う〜ん、そうなのかなぁ…?」  そうだとしたら悪い気はしないよなぁ…  っと、いかんいかん、そんな事考えてたらまた…… そぉ〜(振り向き)  うっ…目を合わせない様にしよう……  すると張り詰めた空気を壊す様に明るい声が聞こえた。 「あれ?どうしたの、恐い顔しちゃって」 「いえ、別に…」 「ま、いいわ。とにかくこの手紙を  アッサラームの東の洞窟に居る葵って子に見せてあげて。  山の向こうヘの道を開けてくれるはずだから」 「はず…って開けてくれないかも知れないのか?」 「ん〜、あの子ならきっと大丈夫よ。  それに頼みを断わるような子じゃないわ」  また何か企んでいそうだなぁ…  何て思っていると千鶴さんが奪い取る様にして手紙を受けとった。 「ありがとうございます。  さ、耕一さん。早く行きましょう」 「は、はいっ…!」  そして千鶴さんの後を追う様にしてお城を出るのだった。 「千鶴さん、随分苛立ってたけどどうしたのかしら?」 「おそらく綾香様に原因があるものと思われます」 「私に?どうして??」 「複雑です……」 「???」 ≪引き金を引いたのはセリオ、お前だ……≫ −アッサラーム東− 「この洞窟ね、その葵って子が居るのは。  早く東ヘ通してもらいましょう」  まずいなぁ…まだ機嫌悪いみたいだ。 バシッ!ビシィッ!!  少し進むと何かを叩くような音が響いてきた。 「はぁっ!!」 スパァーーン!!  少し開けた部屋に入るなり目にしたのは、  サンドバッグに見事なハイキックを決める少女の姿だった。 「ふぅ、ふぅ……」  こちらを気にもしない様子だったが、  一息付いたのかまもなく俺達に気が付いた。 「あ、どちらさまでしょうか?」 「え〜っと、俺達は…」 「私達は来栖川綾香さんの紹介で東ヘ行くために来た者です」 「えっ、綾香さんの……?」  千鶴さんが割って入る。  俺は口を出さない方が良さそうだ……  そして女の子に手紙を渡すと何やら真剣な面持ちで考え出した。 パンッ!  突然両手で顔を叩いたかと思うと、  何かを決意した様子で口を開く。 「…わかりました、やってみます。  危ないですから少し下がっていてください」  そう言って俺達を壁際に下がらせると、  何も無い岩壁に向かって深呼吸を始めた。  辺りの空気が張り詰め、一瞬の静寂の後… 「いきます!はあぁ〜っ!!」 ズドォ〜ン!!  力強い踏み込みと共に放たれた一撃は、  なんと岩壁に大穴を穿ったのだった!! 「す、凄い……」  俺達はその光景を前に呆然と立ち尽くす。 「…出来た……!綾香さん、私…私やりました!!  さあ、この奥の道は山の向こうに通じているはずです。  どうぞお通りください!」 「あ、ああ…ありがとう」  俺達はあっけにとられながら洞窟を東に抜けるのだった。 「ふう、凄かったね〜」 「ああ、さすがに梓でもあれは真似出来ないんじゃないのか?」 「梓の前でそんな事言ったら“だったらやってやる!”なんて  言い出しかねませんね」 「はははっ、そいつは言えてるな」 「ところであの人はどうしてあんな事をしていたのでしょう…?」 『……?そういえば……?』 −イシス城− 「どうやらうまくいったようね。  わざわざ耕一さん達に行ってもらった甲斐があったわ。  やっぱりあの子は何かきっかけが無いとダメなのよねぇ〜」 「ところでもし葵さんが壁を壊せなかった場合は  どうなっていたのでしょうか?」 「一応火薬を仕込んで葵が壊した様に見せかける準備はしてあったわ」 「しかしそれでは葵さんの身に危険が…」 「あ、あはは〜  まあ成功したんだから問題無し!」
第29話 事件 “CLOSED” 「“HONEY BEE”…確かにこの店だよなぁ」 「見たところ喫茶店の様ですけど、今日はお休みなんでしょうか?」 「何か甘い匂いがします」 「本当だ、いい匂い…」 く〜。 「あ……」 「ははっ、お腹も空いたし、今日は引き上げようか」 「こっ、耕一お兄ちゃん…っ!」 「くすっ、そうですね」 「もう、千鶴おねえちゃんまで……」 「梓姉さんも待ってると思います」 「それじゃあ街を一回りして帰ろう」  千鶴さんの機嫌もとらないとな…… −翌朝−  くそっ!お前は一体誰なんだ!?   私はお前だよ。忘れたのか?  お前が私……?私は…私は誰だ?!   …まあいい。どうせお前も消えるだけだ。   それまでせいぜい楽しもうじゃないか。  …っ!!だめだ!やめろ、やめてくれぇ〜!! ――― 「ハァッ、ハァッ……またあの夢か…」  しばらく見なかったと思ったのに…  それになんだか前とは様子が違ったぞ?  何にせよ嫌な予感がする……  そして初音ちゃんを残し、再び例の店へ。 「あれ?今日も休みだ」 「2日も続けてなんておかしいですね…」 「病気で寝込んででもいるんでしょうか……」 「直接話した方が早いんじゃねえか?」 「そういうわけにもいかないだろ。  仕方ない、今日も引き上げるか」  と思って店を出ると、店の裏の方から言い争うような声が聞こえてきた。 「このまま何もしないわけにもいかないでしょう!」 「だからってスフィーちゃん達に助けてもらうのかい?」 「それは…」  俺と同じくらいの青年が一回り上くらいの男と言い合っていた。  見れば相手の男性は“HONEY BEE”と書かれたエプロンをしている。 「あのう、もしかしてこの店の方ですか?  黒胡椒を買いに来たんですが」 「そうだけど…黒胡椒?……それなら無理だよ」 「無理?」 「ウチの胡椒は娘が調合しているんだがね…」  そこで言葉を濁らせた。 「娘さんがどうか…?」  すると横にいた青年が重苦しい口調で言った。 「…いなくなったんだ」 『!!』  話を聞くと喫茶店の主人の娘であり、  横にいた青年の幼馴染みでもある結花さんが数日前からいないそうだ。  実は最近町から女性ばかりいなくなる事件が起きているらしく、  それに巻き込まれたなら北の洞窟に連れ去られたのだろうという事だ。  もしかすると…いや、多分あいつの仕業だろう。 「そこまで分かっているならどうして助けにいかないんですか?」 「今まで何人かが向かったが誰も帰って来ていないんだよ……」 「俺達じゃモンスターを満足に相手する事も出来ないし…」 「だったらあたし達が…なあ耕一?」 「…耕一さん?」 「え?あ、ああ…そうだね、俺達が行きますよ」 「ええっ?!  そんな、見ず知らずの方にこんな危険な事をお願いするわけには…」  俺はこれまでの経緯を説明した。 「そういうわけで黒胡椒が必要なんです」 「大丈夫、モンスターの相手ならまかせときなって!」  梓がバシン!と手を打ち合わせた。 「…わかりました。それではお願いします。  ですがくれぐれもお気を付けください」 「結花を…頼みます……」 ――― 「健太郎さんと結花さんってきっと…」 「うん、2人の為にも絶対に無事に連れて帰らないといけないな」 「あたし達の為にもな」 「……そうだな」 「ところでさっきからどうしたんですか?考え込んじゃったりして……」 「もしかして、夢…ですか?」 『!!』 「そうなのか?!耕一!」 「……ああ。  前とは違う夢だったよ」 「今度はどんな…」 「よく分からない……  周りは真っ暗で、2人が言い争ってるみたいだった……」 「2人?“あの男”は独りだったんじゃ…」 「うん、でも2人かどうかは確かな事じゃないから……」 「とにかくあいつが近くにいるかもしれないんだろ?  ようし、今度こそとっちめてやる!!」 「そう決まったわけじゃないよ。けど気を引き締めて行こう」  そして俺達は一路北の洞窟へ……
第30話 惨劇  無機質な壁、整然と並ぶ柱と部屋。  そこは洞窟と言うより地下室だった。 「ここに“あいつ”がいるかもしれないんだよな…?」 「ああ、みんな気をつけて」  程なくして見付けた薄暗い階段を降りると  一回り小さな部屋に出た。 「ここがアジト?」  しかし生活感といったものは感じられない。  そのまま慎重に奥の部屋へと進むと―― 『!!』  そこには陰惨たる光景があった。 「な、なんだよこれ……」 「ひどい……」  鎖に繋がれ、肢体をあらわにして力無くうなだれた女の子達。  何とも言えないむせ返るような臭いが、そこで何があったかを物語っていた。  その光景にしばし呆然としていた俺は、  ふと我に返って慌てて目を逸らし、ようやく口を開くことが出来た。 「…みんなを、助け出そう……」  俺は千鶴さん達が女の子達を介抱している間、  犯人が戻ってこないか見張りをした。  本当は楓ちゃんも外で待つ様に言ったのだが―― (「私もやります。…その方が早く終わりますから」) 「楓ちゃん……」  初音ちゃんが一緒じゃなかったのがせめてもの救いか。  ともかく犯人が戻ってくれば嫌が応にも戦闘になる。  その前にあの娘達を連れ出せれば、などと考えていると、  部屋から千鶴さんが出てきた。 「もう終わったの?」 「こ、耕一さんは入っちゃダメです!!  とりあえず在り合わせの物を着ているだけなんですから」 「あ、そうか  それでどうなの?」 「まだかなり混乱してはしますけど、  幸い皆さん命に別状はありません。  ただ酷く…その……乱暴、されてて……」 「くっ……」  そこで言葉を詰まらせていると、梓と楓ちゃんも出てきた。 「ちくちょう、犯人の野郎……」 「準備は出来ました。  今は皆さんを無事に連れて帰るのが先決です。」 「ああ、早く行こう」 「そうはいかん」 ――!! 「しまった、戻って来たのか!?」 「やはり貴様らか、待っていたぞ」  俺達を知っている!?あいつは――  おかしい、見覚えはあるのに名前が思い出せない。 「この世界はいいぞ、狩りにはうってつけだ」 「てめえが、てめえがやったのかぁー!!」  怒りに任せ、梓が駆け出す! 「梓っ、待て!」 「うおおぉぉーーっ!!」 ブンッ! 「えっ?!」 「遅い」 ドガァ!!  梓の攻撃は虚しく空を切り、次の瞬間壁に叩き付けられていた。 「梓っ!!」 「この程度か…やはり貴様らもこの男と同じの様だな」 「何の事だ!?」 「クックック…知る必要は無い、知られては困る。  こちらとてまだ完全には力を出し切れずにいるのだ。  貴様が目覚める前にその命の炎、燃え尽きてもらおう」 「耕一さん、危ない!」  一瞬の出来事だった。  奴の動きに身構えるのと同時に目の前に現れた人影。  “それ”もすぐに突き飛ばされると、胸に熱い感触があった。 「楓…ちゃん……」 「楓ぇっ、耕一さぁーーん!!」
第31話 記憶の欠片  耕一さんが危ない、そう思ったら自然に身体が動いてた。  “また”だ。それが運命なの?  あれ…耕一?  そっか、また助けてくれたんだな……  目の前で倒れていく妹達と…耕一さん。  もう大切な人を失うのは嫌。  俺をかばって傷付き倒れた楓ちゃん、  遠のく意識の中聞こえた千鶴さんの声。  それは悲しい記憶だった。 ――― 「う、うん…?」 「あっ、耕一さん!  良かった。私、わたし……」  気が付くとそこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。 「まったく心配させやがって」 「体はもう大丈夫ですか?」 「耕一お兄ちゃん、良かった…グスン」 「あれ、みんな…初音ちゃんまで。  ここは一体……?」 「連れ去られていた結花さんの家、“HoneyBee”の2階です。  耕一さん、3日も眠ったままだったんですよ」 「わたし、耕一お兄ちゃん達が大怪我したって聞いて……」 「そうか、俺達あの男に……そうだ!  あいつは、あの男はどうしたんだ?!」 「えっ、耕一さんも覚えてないんですか?」 「あたしはてっきり耕一が追い払ってくれたのかと…」 「………」 ガチャ 「みんなー、そろそろお昼に…あっ、気が付いたんですね!」  入ってきたのはショートカットの女の子。  “HoneyBee”のエプロンをしてるって事は…… 「えっと…ひょっとして結花さんですか?」 「あ、はい。江藤結花です。  助けていただいてありがとうございました」 「こっちこそお世話になっちゃったみたいで。  それに俺、どうやってここまで戻って来たのか覚えてなくて」 「それだったら――」  あの時結花さんが様子を見に出た時には既にあの男の姿は無く、  俺達も全員倒れて気を失っていたらしい。  それから最初に意識を取り戻した梓が  キメラの翼を使って戻って来たという事だった。 「それでどうして私達が助かったのかは誰も覚えてないんです」 「あの時俺達はみんなあの男にやられて…つっ」 「耕一さん!まだ無理はなさらないでください。  初音の魔法で傷は治したといってもひどい怪我でしたから…」 「そんなの千鶴姉や楓だって一緒だろ。  まったく…一番最初に突っ込んでいったあたしが  一番ダメージが少なかったっていうんだから、  情けないったらないよ」 「でも耕一お兄ちゃんも元気になったし、  みんなが無事で良かったよ」 「本当。それが何よりです」  みんなの顔に久し振りの笑顔が戻る。 「ふぅ、安心したらなんだか腹が減ってきたよ」 「そうそう、お昼の用意出来てますよ」 「そうだ!結花お姉ちゃんのお料理すっごく美味しいんだよ」 「ホットケーキが美味しいです…」 「梓より上手ですよ」 「なっ、あたしだってあれくらい…!」 「あれくらいとは随分だね、なんならまた勝負する?」 「いいぜ、耕一も元気になったし、今日こそは本気で勝負だ!」 「そういうことだからもうちょっと待っててね、初音ちゃん♪」  梓と結花さんは張り切って下へ降りて行った。 「梓ったらすっかり結花さんと仲良くなって…」 「そ、そうだね…あはは……」 「どうしたの初音ちゃん?」 「初音は結花さんのお気に入りなんです」 「?」  その日は梓と結花さんのつくったご馳走で  ちょっとしたパーティーになった。 「どうだ?やっぱりあたしの方が美味いだろ」 「あたしの薬草サンドイッチの方が美味しいよね?」 「それはあたしが教えてやったやつだろ!」 「あたしなりにアレンジしたんだから問題無し!」 「どういう理屈だ!!」 「ははは…どっちも美味いよ、うん」 『“どっちも”じゃなくて“どっちか”!!』 「結花の奴、やっと元気になったな」 「え?」 「皆さんの前では元気に振舞ってたけど、  耕一さんの意識が戻るまでずっと  “私を助けに来たせいで”って思ってたみたいで……」 「そうなんですか…健太郎さん、結花さんの事良く分かってるんですね」 「昔っからの腐れ縁ですからね。  千鶴さんだってそうなんでしょう?耕一さんと」 「わっ、私は……! まあ…、その……」 「さてと、耕一さんが食べ過ぎて倒れない内に止めないと」 「あっ、そうですね。  梓ーっ、いい加減にしなさーい!」 ――― ガサッ 「クッ、目覚めたばかりでこれか…  …やはり勝てぬと言うのか……」
第32話 別れと出会い 「それじゃ、お世話になりました」  俺が目覚めてから更に2日が経った。  あれから楓ちゃんが留守番を引き受けて家に戻り、  俺達は結花さん達の好意で怪我が完全に回復するまで留まっていた。  そしてようやく別れを告げる時となり、  結花さん達の見送りを受けている。 「初音ちゃんだけ残ればいいのに〜〜」 「うりゅ〜〜〜」 「いいわけないだろ」 「はう〜〜〜〜」  初音ちゃんは別れを惜しむ結花さんから熱い抱擁を受けてぐったりだ。  ここでお世話になってからというもの何度も見られた光景だが、  さすがに初音ちゃんが気の毒に思えて来る。  あそこまでやられてなお拒まない初音ちゃんは立派だと思う。 「もっとゆっくりしていけば、というわけにはいかないんですよね。  旅が終わったらまたぜひ寄ってください」 「ええ、必ず」 「その時こそ決着をつけてやるからな」 「返り討ちにしてあげるわ」 「まっ、逆立ちしても胸は勝てないだろうけど」  スパァーーン!! 「へへっ、2度は食らわないよ」  ボカッ 「あいたっ。  …何すんだ千鶴姉ぇ!」 「お世話になった人に失礼でしょう。」  さすがの梓も結花さんの電光石火の蹴りは防いだが  千鶴さんの不意打ちまではしのげなかったらしい。  にしても二人とも胸の事ととなると過敏な反応を…おっと。 「まあまあ、こいつの胸が小さいのは本当…うおっ!」 「どうやらまた人前で気絶したいらしいわね…」  相変わらず喧嘩するほど仲が良いを地で行く二人。  最初は俺と梓のやり取りも人からはこんな風に見えるんだろうかと  少々気恥ずかしい気持ちになったものだ。 「もう、いい加減出ないとキリが無いよ」 「まったくだ。じゃあそろそろ行こうか」 「おっと、こうしてる場合じゃなかったんだ。  ちょっと待ってて」 タタタタ…… 「これ、スフィーちゃんにお土産」  手渡された包みからはホットケーキの甘い匂いが立ち昇った。 「スフィーちゃんの大好物なのよ。  しばらく行ってあげられなかったから……」 「あ…」  あの日の出来事が脳裏に浮かぶ。 「ほ、ほら!冷めない内に持って行って。  もたもたしてると日が暮れちゃうよ」  振り絞るような笑顔。  あんな思いをする人がこれ以上増えないようにする為にも、  一刻も早くヤツを捕らえなくてはならない。  軽く手を振りながらそう思った。 「やれやれ、なんとかダーマの神殿に向かってくれたわね。  スフィーちゃん耕一さん達に用って何なのかしら?」 ――― 「“ダーマの神殿”…って言いましたっけ?」 「ああ、なんでも姉妹二人で転職所をやってるって話だけど……」  先を急ぐ俺達に、健太郎さんから  ダーマの神殿に行かないかという申し出があった。  とにかく会ってみるといいとの事で詳しくは聞かされていないが、  彼女達なら何かきっとこの先の手助けをしてくれると言う。 「スフィーさんってどんな人なんだろうね?」 「とりあえず食いしん坊だってことだけは分かるぜ」 「ははっ、そりゃ言えてる」  ホットケーキの詰まった大きな包みを見て、思わず苦笑するのだった。 ―――  あの洞窟の更に北、森の奥にその神殿はあった。 「おっきな神殿だね〜」 「こんなところに女の子二人だけだなんて大丈夫なんでしょうか?」 「魔法使いって言ってたし、  神殿だから聖水とか使ってるのかもね」  そうして門の前に近づくと、眼鏡をかけた女の子がいた。 「こんにちわ〜」 「こんにちわ、あっ!  姉さ〜ん、耕一さん達が来ました〜!」  ドドドドド……  神殿の中から音が近づいて来る。  バン!! 「ホットケーキーッ!!」  その人影は、扉を開いて出て来るや否や  ホットケーキの包みに飛び付いて来た。 「あ、あなたがスフィーさん?」 「うん、貴方達の事は知ってるよ。今までも時々見てたから。  ところでこれ、結花のホットケーキでしょ?」 「あ、ああ。スフィーさんにって…」 「じゃ、そういう事で」  そういうとその“女の子”は包みを持って中に走り去って行った。  その後姿を呆然と見送る俺達。 「もう、姉さんったら……  すみません。びっくりさせてしまって」 「はは……、好きだと聞いてはいましたが本当に好きなんですね」 「ええ、いつもならそろそろ結花さんが遊びに来てくださるはずなのに  向こうで何か騒ぎがあったみたいで……」 「それは……」 「ともかく中に入ってください。  お話を伺うのはそれからにしましょう」 「ああ、そうですね」  そしてその娘の案内で神殿の中に。 「それにしてもこんな場所に二人で大丈夫なの?」 「それなら姉さんがいますから」 「そういえばさっきもあの女の子の事を“姉さん”って言ってたけど…?」 「あ、申し遅れました。  私はリアン。スフィー姉さんの妹です」 「妹?でもあの子の方が全然小さいのに……」 「ああ、それにはちょっとした訳が…  でも本当に私の姉なんですよ。  あ、この奥です。多分姉さんもここに」  そして扉の向こうにあったはお腹を一杯にして  幸せそうな顔で大の字になった女の子の姿。 「うりゅ〜、ごちそうさま〜〜」 「姉さん……」  本当にこの姉妹が俺達の助けになるんだろうか…?
留守番 楓の場合-その2-  耕一さんが目覚めたあの日、私は家へ帰る事にした。  冒険に出るまでなら一緒に居ても良かったはずだけど、  ちょっと一人になりたかったから……  洞窟での一件の後、姉さん達に遅れて目覚めた私が見たのは  半べそをかきながら治癒魔法を続ける初音と、  一向に目を覚まさない耕一さんの姿。  耕一さんをかばって前に立ったあの時、私は全てを思い出した。  きっと耕一さんも目覚めて……そう思ったのに。  意識を取り戻した耕一さんは、また何も覚えていなかった。  姉さん達もこのおかしな世界に気付いていないみたい。  記憶が……操作されている?  …私は、どうすればいい?  急に言っても信じてもらえないだろう。  それに記憶が普通の状態じゃないとすれば…  ―――耕一さんが鬼の力だけ目覚めてしまう様な事になったら―――  だけどあの男は私達を、耕一さんを狙っている。  なんとか少しずつ、自分の記憶から思い出してもらうしかない。  そして数日後。 「楓ちゃ〜ん」 「あ、耕一さん。お帰りなさい」  お願い、思い出して…… ――― 一方バハラタ北部の山中 ――― 「ふんっ!!」 巨木が事も無げに倒れる。 「傷は癒えたか。  しかしこのままでは奴には…」 ―力が欲しいか?― 「誰だ?!」 ―あの男を倒したいか?― 「耳障りだ!失せろ!!」 ―我が元へ来い。さすれば力を授けよう― 「ふん、まるで俺など足元にも及ばぬような口振りだな。  …いいだろう。まずは貴様から相手にしてやる」
第33話 変身 「ええ〜〜っ!!そんな事があったの?!」 「そんな…結花さん……」  俺達はバハラタでの一件をスフィー達に話した。 「うにゅ〜、けんたろも水臭いなぁ。  言ってくれればそんなやつど〜んとやっつけてあげたのに」 「それはきっと姉さんの体に気を使ってくれたのよ」 「うう、私がこんな体じゃなければねぇ……」  スフィーがわざとらしく咳込む。 「そういえばスフィーちゃんのその体って…」  無意識に出た初音ちゃんの言葉にムッとした顔になる。 「“ちゃん”じゃない!  言っておくけどねぇ、  本当の私は梓なんかよりナイスバディなんだからね!!」  そう言って誇らしげに小さな胸を張って見せた。  それが本当かどうかはともかく今の姿では何を言っても可愛らしいだけだ。  なんか呼ばわりされた梓もいぶかしげな顔をしている。 「む〜、信じてないなぁ?!  しょうがないなぁ、今証拠を見せてあげる」  するとスフィーは目を閉じて何やら集中。そして… 「えいっ!」  一声気合を入れると、差し出した手のひらの上に  女性の姿が浮かび上がった。 「えっへん、これが元の私の姿だよ」  浮かび上がった女性は確かにスフィーに似ている。  そして体の方もなるほど言うだけの事は…ハッ! ジト〜〜〜  千鶴さんと梓の視線が痛い…… 「へぇ〜、わたしこんな魔法初めて見たよ」  気まずさをかき消すような無邪気な声で初音ちゃんが言った。  偶然っぽいけどナイスだ、初音ちゃん。 「インスタント・ビジョンなんて魔法使いなら誰でも…  ってわけじゃなくて、使うのにはちょっとコツがいるんだよ」  あからさまに言葉を濁すスフィー。  そういえば俺もこんな魔法は見たことが無い。 「それでどうしてそんな姿に?」 「それはねぇ、聞くも涙、語るも涙の物語…」 「姉さんは魔力を使い過ぎてしまったんです」 「あっ、リアン!一言で済ませるな〜!」 「使い過ぎた?」 「ええ、限界以上の魔力を一度に使うとその反動でこうなってしまうんです」 「えっ?!それじゃあ私達も無理すると……」 「う〜ん、それは分かりませんけど気を付けた方がいいかもしれませんね」  心配そうな顔をする初音ちゃん、  初音ちゃんはよく無理するからなぁ…… 「大丈夫だって、初音なら少しくらい小さくなったところで変わんないから」 「あ、梓お姉ちゃんっ!」 「そんなに心配しなくてもいいよ、魔力が溜まれば元に戻るんだから」 「あ、そうなんだ」  それを聞いて初音ちゃんもホッとする。  というかあっけらかんとしたスフィーを見ていると  そんな心配をする気もしなくなるのだが。 「さて、身の上話もこれくらいにして、と。  ここへはホットケーキ届けに来てくれたわけじゃないんでしょ?」  スフィーが急に真面目な顔になった。 「それなんだけど、  健太郎さんに“とにかく行ってみて”って言われただけで  何を話したらいいものやら……」 「そうそう、転職所って聞いてるけど  あたし達別に転職なんて、ねぇ?」 (姉さん健太郎さんに耕一さん達に来て欲しいとしか言ってないでしょう?) (あれ?そうだっけ  まあまあ、どのみち説明はいるだろうし……)  二人とも何をコソコソ話してるんだ? 「あれ?聞いてなかったんですか?  ここは転職所ですけどただ職業を変えるだけじゃないんですよ」 「なんとその人に一番合った職業を調べる事ができるのだ」 「なんとってだからあたし達別に……」 「わたしも今のままで…」 「いいからいいから。とにかく向こうの部屋へ行ってて」  強引に話を進めようとする二人。  初音ちゃんも折角来たんだからと言うので  しぶしぶついて行く事にした。 「さあここです」 「ここは…祭壇?」 「あれ?スフィー…さんは?」  するといつの間にか着替えたスフィーが祭壇の上に立ち、 「よくぞ参られた!」  などと似合わない口調でしゃべり始めた。 「望む者に己の真の姿を見せよう!」 「あの〜」 「ん?」 「その格好でそんな事言われても全然偉そうに見えないんだけど……」  口調同様着ている神官服と思われるものはブカブカで似合っていなかった。 「寸法合わせてる時間が無かったんだから仕方ないの!  それにこういう事は見た目も肝心なんだよ。」  なんて言いながらふんぞり返って見せた。  俺はやっぱり可愛らしいだけだ、と苦笑した。 「じゃあ耕一さん以外の3人はこっちへ来て」 「え、俺は?」 「耕一さんはいいの。  勇者ってのはそもそも選ばれた人間なんだから変え様が無いし」 「あー……」  と納得しようとしたが、勇者と言っても、王様に認めてもらったものの  親父の遺言で名乗っただけで、本当に選ばれた人間かどうか怪しい。 「でもやっぱり一応調べて欲しいんだ」 「仕方ないなぁ」 「あ、そうだ!」  俺とスフィーが話していると急に初音ちゃんが声を挙げた。 「どうしたの初音?」 「楓お姉ちゃんも見てもらわなきゃ」 『あ…!』  さすがは初音ちゃん、どんな時でもみんなの事を考えてる。  というか気が付かなかった自分がちょっと情けなかった。 「よし、それじゃあ俺がひとっ飛びして呼んでくるよ」 「じゃあ3人の儀式は先に済ませとくよ」 「えっ、出来れば一緒にやって欲しかったんだけど……」 「え〜っとねぇ、一度に大勢やるよりその方がちょっとだけ楽なんだよ」 「それに姉さんはこれでも魔力を消耗してしまってるんですよ」 「それだったら無理に儀式を行わなくても……」 「儀式そのものは耕一さん達にとって必要な事なの!  大丈夫、そこまで負担にはならないから」  そう言われるとそれ以上反論は出来なかった。  俺は急いで楓ちゃんを迎えに行く事にした。 ――― 「楓ちゃ〜ん」 「あ、耕一さん。お帰りなさい」 「ちょっとダーマ神殿まで…ってえぇっ!?」  迎えに行った楓ちゃんは何故かセーラー服を着ていた。 「ど、どうしたのそんな格好で?」 「いえ、何となく……  …こういう格好は嫌いですか?」 「別に…嫌いでもないし似合ってるけど、  ちょっとびっくりしちゃって。  とにかくダーマ神殿まで来て欲しいんだ」 「分かりました。すぐ行きましょう」 「よし…ってもしかしてその格好で行くの?」 「…駄目、ですか……?」  う、上目遣いとは卑怯な…!!  しかし楓ちゃん、急にどうしちゃったんだろう? 「戦うわけでもなしまあいいか。  じゃ、行こう」 ――― 「ただいま〜」 ・・・  楓ちゃんを連れて戻ってみると、  待っていたのはなんだか違和感のある光景だった。 「ち、千鶴さん…?」 「……はい」 「その格好は一体……」 「そっちこそ楓はなんでそんな格好なのさ?」 「それは…楓ちゃんに聞いてくれ」  どうやら千鶴さんと梓の装備が入れ替わった格好になっており、  初音ちゃんは変わっていなかったがなんだか落ち着かないみたいだった。 「スフィーが言うにはこの格好があたし等の本来の姿なんだとさ」 「じゃあ千鶴さんが武闘家で梓が商人?!」 「いーや、あたしは戦士。他に無かったんでとりあえずこの格好だけど」 「梓が戦士なのはともかく私が武闘家なんて間違ってます!」  確かに梓は戦士でも通用しそうだが  千鶴さんが武闘家というのは想像が付かない。  ……武闘着姿はまんざらでもないが。 「そうそう、のろまな亀姉が武闘家なんてねぇ」 「梓、それはちょっと言い過ぎよ!」 「おーこわ。迫力だけなら素質十分だね」 「なんですってぇ〜!!」  案外合ってるのかも知れない……。 「私の魔法に間違いは無い!!  絶対にそれが適任なんだからつべこべ言わないの!」  結局梓は仕方が無いといった様子だが、  千鶴さんはまだ目に涙を浮かべてブツブツ言っている。 「それで初音ちゃんは?見たところ変わってないみたいだけど」 「う、うん…それがね」 「初音は何と賢者だってさ」 「けっ、賢者ぁ!?」 「わ、わたしそんなに偉くないよう…」 「それなんだけどねぇ。  さすがにそのままじゃ力不足だから北の塔に行って欲しいんだ」 「北の塔?」 「そこに大事な物があるみたいだから。  それより耕一さんとそっちの子も儀式やるんでしょ?」 「楓です…」 「ああそうだった。  話は後にしてとにかく済ませよう」  そして俺と楓ちゃんの儀式が始まった。  儀式は短いものだった。  スフィーが手をかざすと急激な眠気が襲い、俺は夢を見た。  なんだかとても懐かしい、夢と言うよりは思い出。  そんなとても大切な事のような気がしたけど、  目を覚ました時、その内容は覚えていなかった。 「さて、どんな夢を見た?」 「何か大事な夢だった気がするんだけど…よく覚えてない」 「私もです」 「じゃあ今のままでいいって事だよ」 「そうなのか?」 「今の職業がその人に合っていないと  本来の職業のイメージが記憶に残るんだよ」 「おかげで私は素手でモンスターと戦ってる所を……」 「あたしは大きな剣持って戦ってた」 「わたしは治療しているところと魔法で戦ってるところが一緒に…」  なるほど、スフィーの言う通りやる必要は無かったわけだ。 「という事は楓ちゃんは…」 「今まで通り魔法戦士だね」 『え?』 「だから今までも魔法戦士だったんでしょ?  時々いるんだよね、複数の職業に適した人って」 「いや、楓ちゃんは単なる魔法使いだったし  第一武器を持って戦うなんて…」 「…はい、それで合ってます」 「楓!?」 「黙っていてすみません。  これまでは姉さん達がいましたし、  他に攻撃魔法を使う人がいなかったので  魔法使いに専念していましたが、  今後は初音も使えるようになるみたいですから  必要があれば私も前に立って戦います」 「楓お姉ちゃん……」 「けど本当に大丈夫なのか?  千鶴姉はともかく楓がモンスターと格闘するなんて」 「梓、私はともかくってどういう意味です?」 「べっつにぃ〜、言った通りの意味だけど?」 「まったくもう……  でも楓、本当に無理しなくていいんですよ」 「いいえ、大丈夫です。私にも戦わせてください」  そうだったのか…楓ちゃんが戦士だなんて気付かなかった。  それにしても楓ちゃんがこんなにはっきり物事を言うなんて。  やっぱり家へ呼びに行った時から様子が違う。  家で何かあったんだろうか? 「とにかくそういう事だから、初音ちゃんの為に塔に行って来てね」 「そういえば塔に大切なものがあるって言ってたけど何があるんだ?」 「ん〜、そこまでは分かんない。  でも初音ちゃんだけでなくあなた達みんなにも関係があるみたい」 「はっきりしないなぁ……。  まあ行くにしろ明日だな。今日はもう帰ろう」  今日中に黒胡椒を届けるつもりだったのに  身の上話と儀式のおかげで既に日は傾いていた。 「え〜〜っ、帰っちゃうの?!  折角だから泊まって行けばいいのに〜〜」 「このところ結花さんの所でお世話になりっ放しで家に帰ってないし、  楓ちゃんを一人にもしておけないからね」 「耕一さん……」 「うにゅ〜〜、それじゃあ仕方ないなぁ…」  こうして波乱の一日が終わったのだった。 ――― 「ふ〜。とりあえず任務完了だね」 「お疲れ様、姉さん」 「ひとまずはうまくいった様ですね」 「あ〜!来てたんなら少しくらい手伝ってよ〜〜っ!」 「はっはっは、私は彼等に一度会ってますし、  年寄りの冷や水と言うものですよ」 「まったくもう……  おかげでこっちはまたこんな体になった上に、  ここじゃうまく魔力が溜まらないから当分この姿なんだからね!」 「何と、そうでしたか……。それは悪い事をしてしまいました」 「ええ、どうもこの世界は私達の魔力と波長が合わないらしいので……」 「というわけで責任とってよね!」 「責任ですか。まさか魔力を分けろとでも?」 「違う!結花のホットケーキ山ほど買って来るの!!  突然こんな姿見せたらきっとまた……」 「ふふっ、そうですね。  でも、私はまた可愛らしい姉さんが見れてちょっと嬉しいです」 「だから妹に可愛いなんて言われても嬉しくないってば……」
第34話 新生 スフィーの言っていた塔に向かう前に、 転職したみんなの装備を整えることにした。 と言っても、千鶴さんは梓の着ていた武闘着の(主に胸の部分の)仕立て直し、 楓ちゃんはまだしばらく魔法使い専門だと言うし、 初音ちゃんは装備を変える必要がなかったので、 戦士になった梓の装備が中心になるわけだが、 これがまた梓のわがままのおかげで一苦労だったのである。 まず試しに俺と同じ鋼の鎧を着てみたのだが、元々武闘家だった梓は、 「重い!それにこんなんじゃ動き辛くてモンスターに逃げられちまうよ」 と言って邪魔な部分を次々と外し出した。 そして、 「ま、こんなもんか」 と言って外すのを止めた頃には、鋼の鎧は、胸、肩、腕、腰、といった箇所だけを残した “鋼の胸当て”とでも言うべきものになってしまっていた。……というか聖衣(クロス)? しかも、それでも胸がきついと言うので、梓用に打ち直してもらった特注品だ。 おかげでかなり胸のラインを強調するような形になってしまっている。 どこぞのビキニアーマーとは違って、下には服を着てるんだけど。 そして、それを見た千鶴さんは、特注品である事に文句を言うより先に、 「梓……あなたって子は、そうまでして胸を自慢したいのね」 と愚痴をこぼしたのだった。 ちなみにその他は鋼の剣と鉄兜。盾も邪魔だと言って持とうとしない。 本当は兜も嫌がったのだが、 「武闘家の時ほど上手く避けられないだろうから、  それくらい被らないと危ないだろ?」 と言って無理矢理被らせた。 実は、武闘家になった千鶴さんに頭でも叩かれた時に、 「会心の一撃!」なんて事もありそうだと思っての事というのは内緒だ。 内緒と言えば、梓の着けていた星降る腕輪を、 武闘家として慣れるまで千鶴さんに着けてもらおうとしたのだが、 「武闘家になった千鶴姉がこれ以上素早くなったら、耕一じゃ逃げ切れねぇな」 なんて言う梓の冗談に、嫌な汗が流れたので止めていたりする。 そんなこんなで、武闘家の千鶴さん、(軽)戦士の梓、魔戦士の楓ちゃん、賢者の初音ちゃん というメンバーで旅を続ける事になった。 楓ちゃんを前に出すような事はしたくないし、 初音ちゃんが攻撃魔法で敵を蹴散らすのは想像出来ないけど、 千鶴さんや梓に比べて頼りなかった2人の変化に、 俺も負けていられないな、と気を引き締めるのだった。
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